北京オリンピック 4継 銅 ― 2008年08月23日
日本短距離が世界を意識し始めたのが、
88ソウル 青戸-山内-栗原-高野
準決落ちだったが希望の光が見えたレースだった。
山内さんや高野さんから直接いろんな話しを聞くことで世界を踏まえた陸上を意識する。
92バルセロナ 青戸-鈴木-井上-杉本 6位。
個人ではまだだめでもチーム力で・・・。日本のスタンスを決める入賞だったかもしれない。あの(?)井上さん曰く「相当緊張した...」というぐらいのレース。確かにそれを象徴するかのように青戸さんのスタートはワンテンポ遅れていた?そのことに関して、井上氏...そんなこと言える雰囲気じゃなかったと・・・。経験者がいろんな話をしてくれることにより、世界を目指す底辺の広がりが出始める。この4人の影響力は、大きかった。誰もがこのメンバーに割って入ることを目指したはず。
96アトランタ 土江-伊東-井上-朝原 失格。
個人でも勝負できる選手が台頭し、勝負がかかったレースでバトンが渡らず。無念の失格!実力差がありレースで流れが作りにくい。
この結果を受け宮川コーチが3走の強化に取り組む。200m20秒台で走ることが出来る選手じゃないと高速で朝原にバトンが渡らない・・・などなど急成長中の期待のスプリンターtiger(自分で言っちゃった)は陸連のミーティングで毎晩言われた。合宿中は、毎日勉強会があってリレーでメダルを取るための戦略から海外の動向、今日本に必要な事など選手もコーチもメダルを取るためにへの発想に切り替わる。しかし、個人の能力を上げることが目標であった。「10秒1台を4人・・・。」
00シドニー 小島-伊東-末続-朝原 6位。
安定感のあるチーム、決勝の常連チームに・・・。メダルへの雰囲気が出る。高速でコーナーを突っ込める選手末続の台頭でより高度なバトンが必要になった。レース中怪我をした末続がバトンを繋ぎきり、と朝原いい判断でとっさの減速。価値ある6位。バルセロナ(補欠)から経験している伊東さんの魂をベテラン、若手にうまく受け注がれる。
04アテネ 土江-末続-高平-朝原 4位。
メダルのチャンスが・・・。
200を走れる高平の台頭で固定のオーダーが組めバトンの精度が上がる。
08北京 塚原-末続-高平-朝原 3位。
力のある塚原を1走に使える強み。絶対いいところで走ってくるの分かってるから・・・・。1走としてこれ以上の強みはない。2走末続、彼のことだから相当我慢して相当無理をして挑んでいるはず。いい位置をキープし流れを維持することが出来る2走は日本では末続のみ。高平の走りは、神がかり的であった。7レーンと言うことも良かった。同じシードでも4よりは7の方が良いに決まってる。コーナーの出口のスピードもあったので、エース朝原に抵抗感なくスタートさせる事が出来る。朝原は、魂で走っていた。過去のバトンミスや怪我、良い事も悪い事も何もないただ「メダル」への思いだけの執念の走りだった。すべてを知るエースらしい重みのある走りだった。
長年、宮川コーチが目指していたことが叶ったレースだった。
宮川コーチ-高野現監督-苅部コーチと現場指導者の長年の思いや88年以降、経験者が次の世代に託し、伝え、選手が選手の姿を見て育た姿が明確に見える。
日本短距離が指導者やメンバーが代わっても20年受け注いで来た熱い思いが形になった。
そこには、代表になれず涙した選手...。代表に選ばれたが補欠になった選手...。指導者としてサポートしてきた人。応援してきた人。
さまざまの立場からの熱い思いが今回のレースを通じて思いが自分に帰ってくるそんな感覚だった。誰もが素直に喜んだだろう!
末続のインタビューで「今までの先輩達が受け継いできたものがあったからこそ・・・。」放心状態のtigerふと大粒の涙が流れた。いろんな事を背負って力を出し切ったメンバーに感謝!体がボロボロなのは、見ての通りだし・・・。最後の最後に口にしてたけど・・・。大人のチームだった。
24年間しか知らない陸上が、世界で戦えるスポーツに成長した事を誇りに思い、喜びが込み上げる。
