真価が問われる来シーズン
まぐれだったのか?
さらに再現性を高められるのか?
今、行っていることの答え合わせは、来シーズンってことだけど
そんなことをずーっとやって来てたつもりでも...
答えを出しきれてないとなれば、
年月を重ねただけでプロセスの積み上げや構築とは言えない。
パターンや法則が机上では、明確に存在していて
それらを筋肉に記憶させることで走りに落とし込んでいき
エラーの箇所や数によって記憶の質感が決まる。
記憶の質感が
表現としての『走り』であったり
競争としての『走り』だったりに影響することは、言うまでもなく
パフォーマンスとなると誤魔化してくれるアイテムが
誤魔化し切ってくれる時代になりつつある。
追い参が公認になる感覚に似ているかも知れない。
反復練習や強化練習などを通じて
筋肉記憶の改善をすることで筋肉制御が行えるようになる。
記憶を間違えると間違えた制御が起こり、
エンジンを噴かすだけの選択になりやすい。
スピードが上がるほど制御が表面化する。
...出力に眼がいくと出力にしか眼がいかないことも
紙一重具合を物語っている。
レースで制御が機能している状態からの逆算作業
いかにそこに近づけることが出来るか?
出力しかないレースプランを選ばない志しとその準備。
目的と本質の取り違い。
だからあの練習を取り入れていたのか?
そんな気付きばかりが続く近年。
結局、30年前の練習に
自分が追いついた。
この等身大感覚を失うと
...狂いだすんだろうな